さようなら、新宿、ありがとう、東京

突然ですが、2月末日をもって会社を退職しました。
よって、今日は最後の出社でした。
最後の出社と言っても、
自分の机を片づけて、掃除をして、あとは退職手続きをして。
お世話になった会社の皆さんへのお礼の品は
前もって買って会社のロッカーに入れておきました。

突然の思いもよらぬ出来事が起こったのは、昨年の夏のこと。
懐かしい先輩と飲んで帰った金曜日の夜、
遅くなるから先に寝てていいと言っておいた母が起きて自分の帰りを待っていました。
いったい何があったのか検討もつきませんでしたが、
次の瞬間、目の前が真っ暗になるような悪い知らせを聞いてしまったのです。
まさかの父の交通事故。
父もそうですが、それは相手方も数名怪我をしていらっしゃる事故。
それからというもの生活は一転。
病院、警察に呼び出される日々。
もちろん仕事も今まで通りこなさなければなりません。
秋に予定していた仁川アジア大会、台湾縦断の旅は中止に。
その後、その事故は起訴をされ、自分は法廷に出て証言もしました。
父は病院から警察へ。父の帰らぬ日々。
昼間一人になった時の母はさぞかし心細かったことだろう。
それでも、何を考えてもただ前を見て歩いていくことしか出来なかった。
なんでこうなってしまったのか、誰にも自分自身にさえも言い訳できないという苦い日々でした。
晩秋の頃、父はやっと帰宅しました。
その頃から、今度は母が決まって明け方になると頭痛に襲われ、
あまりの痛みの激しさから目が覚めてしまい、睡眠不足の日々が始まりました。
それでも、かなり長い間、母はそれを心配かけずと黙っていたようです。
「何でもっと早く言わなかったの?」
年明け、すぐに脳外科へ。
MRI、MRA・・・
医療関係に詳しくない自分は何のことかさっぱり。
今度は定期的に病院へ通う日々が始まりました。
母に何かあったらどうしよう。
次々に襲い掛かってくる魔物たちに、
いったい自分はこの先どうなってしまうのだろう。
本当に、人生で初めて心が折れそうになりました。
幸い母は大事に至らず。
本当に、本当に良かった。
退職を申し出たのは昨年の11月半ば。
それまで2度、退職願を出したことがありましたが、
いずれも却下されてしまいました。
今度は3度目の正直。足掛け3年。
気がつけば自分もすっかり年相応になったなぁ。と
鏡を見るたびにそう思うようになりました。
もうここまで来たら、あとは自分の思うように生きよう。
両親が元気なうち、自分の体の自由が効くうちに。
そのための独身でしょ(笑)

自分が「CK」好きなこと何で知ってたの?
いつも漂ってる香りがCK1だから(笑)
今年に入ってからの2ヶ月は引継作業の毎日。
こんなに喋ったことないよーというほど喋り捲った毎日。
そんな引継作業は、時に厳しい追及もあったり・・・
ただでさえプライベートで心が折れそうなのに、
もうそんなに皆でいじめないでよーってホント心から呪ったこともあった(汗)
そんな厳しい(自分にも厳しい人だった)Uさんが今日は涙を流していました。
そして握手を求められ・・・
これ以上居たら自分ももらい泣きになりそうだったので、
何度も何度もありがとうございましただけ言って長い間お世話になった会社を後にしました。
もっと最後にゆっくりじっくり感傷に浸りたかったよー
お蔭で、言いたかったことの3分の1も言えなかったし。
もっと一人一人に感謝を込めて挨拶をしたかったのに。
こういう時って案外思っていることなんて言えないものなんですね。
でもでも、
本当に、本当に、ありがとうございました。
そして、お世話になりました。
たくさんの色んな出来事があったけど、
入社した時の自分より今の方が何倍も成長したって自分自身に胸を張って言えます。
だからこの先少々のことがあっても大丈夫だっていう自信があります。
その自信と勇気をもって・・・

もう旅行好きはすっかり会社の中でも評判だったよねー
そんな自分にとってイチバン嬉しい贈り物♪本当にありがとー
これからの自分。
両親とともに、両親のそばで暮らすことにしました。
次の仕事は5月からの予定だけど、もしかしたら4月1日からになるかもしれません。
その間、少しばかり休憩します。
心も体も少し疲れちゃいました。(これ本音です。)
しばらくはゆっくりとした日々を過ごしたいと思います。
でもやりたいこと、やらなければいけないことがたくさん!
結局、せわしない日々になりそうな予感も・・・
あーやっと、やっと、
この半年間、誰にもずっと言えなかったことがやっと言えた!!!
最後まで読んで下さってありがとうございました。

さようなら、新宿、ありがとう、東京
たくさんの思い出をありがとう。
風になって。