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ユ・ミヌ(유민우)

さようなら、そしてありがとう!「日本航空ジャンボ」(後編)

ダッシュ400かそれともクラシック
その昔、海外へ行く際にジャンボだけど機材が「747-400」(-400でダッシュ400)なのか、それともいわゆる-300型までの「747クラシック」なのか、今日乗る機材はどっちなのか?という楽しみがありました。747-400ですとタイムテーブルなどでは「744」と表記されていますが、当時はその意味が分からなかったのです。そのうち、ウィングレットがあるのが744で・・・などと分かるようになってからは、「744に乗りたい!」一心だったように思います。特にソウルや台北などの近距離線は、日によって747だったり744だったり、時にはD10があったりなど、複雑な機材構成でダイヤが組まれていました。今となってはとても懐かしい想い出です

さようなら、そしてありがとうジャンボ11
≪国際線チャーター便時代の「羽田国際空港」にて。ソウル/金浦空港行≫

さようなら、そしてありがとうジャンボ13
≪「成田国際空港」にて。ソウル/仁川行が747では珍しい“沖止”でした。≫

さようなら、そしてありがとうジャンボ14
≪「機体番号:JA8141」はクラシックジャンボのボーイング747-200B

さようなら、そしてありがとうジャンボ15
≪片方の翼に2つのエンジンのJALの飛行機がもう見れなくなるんですね・・・≫

さようなら、そしてありがとうジャンボ10
≪成田国際空港に駐機中の日本アジア航空ボーイング747-300型機

JALでなくてJAA
日本アジア航空(JAA)は日本航空の完全子会社であり、1975年8月8日に設立。日本と台湾を結ぶ路線に就航していましたが、2008年3月31日をもって、日本航空に吸収合併され、32年の歴史に幕を降ろしました。現在、台湾へは、日本航空便として運航しています。当時の日中情勢の配慮から、別会社として設立された日本アジア航空が台湾への便を運航することで、日中航空協定における日本航空の乗り入れ禁止項目を避け、日本航空グループにおける台湾航路を補う役割を担っていました。同様の中国への過剰な配慮は当時、両国に乗り入れる世界中の多くの航空会社でみられたようです。

さようなら、そしてありがとうジャンボ9
≪機材繰りの関係で、日本アジア航空でソウルへ行ったことも!とても貴重な体験・・・≫

さようなら、そしてありがとうジャンボ16
≪今から5年前、2006年の10月、羽田空港にて≫

20110204羽田
≪そして、これが事実上最後の面会、2011年2月、羽田空港にて≫
羽田で出会って、羽田で別れる・・・

成田に居ても、羽田に居ても、至ってどの空港に居ても日本航空のジャンボジェット機が待っているのがごく当たり前のことでした。国際線はおろか、国内線でも幹線路線にはジャンボの姿が普通にありました。世界でも国内線でジャンボジェット機がこんなに多く投入された国は、おそらく日本以外には見当たらないでしょう。その反面、死亡者数520名を数えた「御巣鷹山 日航機墜落事故」もジャンボ機による事故でした。まさしく日本が歩んできた象徴がジャンボ機だったように思います。
そんな時代が過ぎ、今その光景が過去のものになろうとしています。しかし、たくさんのジャンボ機の姿が私の心の奥深くに残っています。それらは私だけでなく、この先もいつまでもたくさんの人々の記憶に残ることでしょう。
「ありがとう、そしてさようなら!日本航空ジャンボジェット機!」
私は、あなたの姿を永遠に忘れません。

ありがとう、そしてさようならジャンボ18
日本航空「ありがとうジャンボ」

※ この企画にあたって、ポアさまより数々の貴重なお写真をご提供頂きました。この場を借りて深くお礼申しあげます。誠に有難うございました。また、一素人の飛行機マニアが勝手に過去の写真を洗い出し作成した記事ですので、不備や誤報が多々あるかと思いますが、その辺りは何分お許し下さい。
ユ・ミヌ(유민우)
Posted byユ・ミヌ(유민우)

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