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韓国ニュース

1997.12.31 読売新聞記事 <韓国金融危機>「金大中氏、日本の支援要請」

連休中、押入の整理をしていると、
思わぬ掘り出し物に出くわすことがあります。

そう古い新聞は我が家には無いはずと思っていましたが、
出てくる時は出てくるものですね。

今から24年前、
1997年12月31日の新聞が出てきました。

その内容はとても興味深いものでした。

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1997.12.31 読売新聞記事 <韓国金融危機>「金大中氏、日本の支援要請」

1997年の韓国通貨危機は、
朝鮮戦争以来の最大の国難と言われ、
同時期に起ったアジア通貨危機の事象の一つです。

自分も当時、
ツアーガイドさんから、
「今は着るものさえすべて我慢しています。」
とお話を伺った記憶があります。

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自分の中では「IMF危機」という言葉が染みついていますが、
その年の7月にタイで始まった通貨危機は韓国にも飛び火し、
外貨の急速な流出に直面した韓国政府は1997年11月21日、
国際通貨基金(IMF)に緊急融資を申請しました。

金融システムは麻痺状態に陥り、
企業の倒産が相次いで、
多くの人々が路頭に迷うことになりました。

金泳三政権の経済担当は、
日系の金融機関が急速に多額の回収をしたのが原因だと答弁しましたが、
金大中氏は欧米系金融機関が資金を引き揚げたのに対し、
日系金融機関は最後まで韓国金融機関への協調融資に応じていたと明らかにし、
金泳三政権を激しく非難しました。

親日と言われた金大中氏。
実は自分の中で尊敬する人物の一人でもあります。

この方が居なかったら、
韓国でここまで日本文化が解放されることは無かったかもしれません。

金大中氏危篤のニュースを知ったのは、
くしくも金大中氏のルーツを訪ねるべく、
出身地の全羅道の旅へ出る前日でした。
(※ その時の旅行記はこちら

その1ケ月後、
2009年8月18日に金大中氏はこの世を逝りました。

自分の中ではこの方を最後に、
日韓関係を一歩でも近づけようと努力する韓国大統領は現れていないような気がしています。
(韓国同様、日本の首相も然りですが・・・)

24年前の記事からは、
当時の日韓関係の絶対的地位を読み解くことが出来ますが、
果たして今はどうでしょう・・・


<追伸>

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2009.08.17 読売新聞記事 <新型インフル対策>「ワクチンの接種順議論を」

12年前の2009年に流行した新型インフルエンザ。
当時、日本でも死者が出ると言われたため、
5,300万人分ものワクチンが用意されましたが、
そのほとんどが無駄になったことを覚えていらっしゃいますでしょうか。

当時の新聞からは、
コロナ時代の今に匹敵する危機感が伝わってきますが、
この12年間で日本は今、
この時の経験は活かされているでしょうか。
この12年間でパンデミックへの備えは出来ていたのでしょうか。

そして、
既にお気付きになられた方もいらっしゃると思いますが、
この新聞が先の金大中氏がお亡くなりになられる前日の新聞であるということを。

我が家の押入の中から出て来た2枚の新聞は、
くしくも何らかの関係がありそうな感じがいたします。

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